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レッスン要約
今回のレッスンは、近況報告から始まりました。週末には舞台スタッフとしての仕事が控えており、来週はパートナーを親に紹介するために実家へ帰省する予定です。その際、伊勢神宮や豊川稲荷、熱田神宮への参拝も計画しているとのこと。また、来年1月には仕事とプライベートを兼ねてオーストラリアへ渡航する可能性があり、そのためのパスポート申請(マイナンバーカードを使ったオンライン申請)や、将来的な海外映画祭への関心についても語られました。
レッスンの前半では、「言葉」と「感情」についての深い議論が展開されました。さーやは最近、映画を見ても感情が湧かず、ドライで無気力な状態(「無」の状態)が続いていると吐露しました。これに対し講師は、それは役者として成長する過程で必ず通る道であると説明しました。これまでは「個人のさーや」として動物的に反応していましたが、今は「役者としてのさーや」が客観的に観察・分析しようとしているため、一時的に感情が乖離している状態です。この「分離」は、自分とは異なる他人(役)を演じるために必要なステップであり、肯定すべき変化であるとアドバイスされました。また、頭で考えすぎて心が鈍っている状態を解消するために、ランニングやサウナなどで体を追い込み、思考をリセットする「身体的なアプローチ」が推奨されました。感情は脳ではなく身体に由来するシステムであるため、体を動かすことが感情の解放に繋がります。
後半の実践レッスンでは、関西弁の台本を用いた演技指導が行われました。さーや自身も関西出身ですが、台本の関西弁(標準語に近いマイルドなもの)に違和感を感じていたため、講師の提案で自分の地域の言葉に書き直すことになりました。これにより言葉の違和感は解消されましたが、まだ感情が乗っていない「カラカラ」な状態であることが指摘されました。
そこから、台本の深掘りが行われました。シーンは「4年ぶりに再会した父親にお好み焼き屋で夢(俳優業)の継続を懇願する」というものです。なぜ「4年ぶり」なのか、なぜ父親の言葉が「本当に嫌」だったのかを徹底的に分析しました。かつて「好きなことをしろ」と言ってくれた父が、翌年には「あと何年だ」と期限を切るような発言をして裏切られたと感じたこと、そしてそれが母の前で行われたことで母の献身をも否定されたように感じたことなど、台本には書かれていない背景(サブテキスト)を想像力で埋めていきました。特に、父は金銭的な援助はしてくれたものの、実際に時間と労力を割いて夢を応援してくれたのは母であり、母の叶わなかった夢を自分が背負っているという構造を明確にしました。
この分析を経て再度演技を行った結果、当初の「無」の状態から、キャラクターの切実な感情が乗った演技へと変化が見られました。講師は、文字面を追うだけでなく、こうした背景のイメージを膨らませる(妄想する)作業こそが、心を動かすために不可欠であるとまとめ、レッスンは終了しました。
レッスンの主要トピックと解説
- 近況と将来の展望(舞台・帰省・海外)舞台スタッフとしての活動や、伊勢神宮などへの参拝計画、さらに来年1月のオーストラリア渡航計画について。パスポートのオンライン申請の利便性や、フィジー留学での婚活事情などの雑談を通じて、視野を広げることへの意欲が語られました。
- 「腹落ち」した言葉とコミュニケーション頭と口が直結した「借り物の言葉」ではなく、体験を通して腹(身体)を通した「生きた言葉」を使う重要性について。また、日常会話において相手の意図を深読みしすぎて疲弊するよりも、言葉通りに受け取る意識的なアプローチ(AI的コミュニケーション)についても議論されました。
- 役者の成長痛としての「感情の欠如」最近何を見ても心が動かないという悩みに対し、それは「個人」と「役者(観察者)」が分離し始めた成長の証であるという解説。主観的な感情と客観的な分析が共存するための過渡期であり、焦る必要はないと諭されました。
- 感情と身体性のアプローチ感情は頭脳ではなく身体反応(ホルモンバランス等)であるため、思考過多で心が動かない時は体を動かすべきという助言。筋トレやサウナで思考を強制停止させることで、感情の回路が回復するというメカニズムが説明されました。
- 方言とリアリティ・台本読解関西弁の台本における「標準語的な関西弁」の違和感を、自分の言葉に書き換えることで解消する実践。さらに、台本の行間にある「父への不信感」と「母への想い」を具体的に想像し、演技の熱量を高めるプロセスが踏まれました。
